ここは、岩手の内陸です。
平成23年3月11日(金)の地震、
こんな大地震!信じられません。経験がありません。地震で、家の外に飛び出したのは初めてです。
大地が、電柱が、家が、車が、長い時間大きく揺れていました。
家が壊れるのではないか、電柱が倒れてくるのではないかと思えるくらいの大地震に感じました。
運が良い事に春休みで帰ってきていた娘と一緒でしたので、心配は一つ減りました。
揺れが治まってから家の中に入ると足の踏み場がないほどの落下物!。
タンスや食器棚は
転倒防止ポールを設置していたので、倒れませんでした。
ユラユラ、ぐらぐら・・何度も襲ってくる余震が怖くて、広い駐車場に車を止めて車内にいました。
壊れる事もなかったので家に戻ったのですが、
停電に!
電池の買い置きがない〜!慌てる〜。
当然ながら、停電になると
街中の店は閉店になるのですね。考えていませんでした。
なんとか滑り込みセーフで電池をゲット。でもすぐ閉店に。
それから、停電だとご飯がジャーで炊けないので、コンビニに走りました。
考える事はみんな同じで、
暗闇のコンビニ店内に人、人、人で大混雑。
おにぎり、パン、カップヌードルの棚はすでに空になっていました。
家の中にある食品でなんとか食べましたよ。
ユラユラ、ぐらぐら・・5分おきくらいの余震・・毛糸の帽子を被って、ジャンバーを着て、いつでも飛び出せるような格好で夜を向かえました。
夜も眠っていられないくらいの恐怖の余震。
手巻きのラジオを一晩中掛けて情報を聞いていました。
部屋の明かりは、懐中電灯。薄暗いな〜。
防災用に買っていたのが、
電池が無くても手で巻いて聞けるラジオ。役にたちました。
こんな感じで停電は3日くらい続いたでしょうか。
3日間の暗い夜が終ると電気が付いたではありませんか。
ありがたい!本当に電気ってありがたい!
テレビが点いて、初めて津波の被害の凄さに絶句しました。
震度6だったのですね。
東日本大震災とか東北関東大震災とか名前は色々ありますが、
このとき初めてこの地震の現実を見たのです。
津波で家が・・町が流され・・これは現実なのか・・
被災していたので、自分よりもっと大変な人がいる事を知らないでいました。
ラジオで聞いては居たものの、映像で見ると悲しい風景でした。泣きました。
何か出来る事はないのでしょうか。
娘は、早速、義援金を送る事を考えていました。
ユラユラ、ぐらぐら・・余震は相変わらず続いています。3日目は、ガソリンが無くなりスタンドの給油の列に2時間並びましたが、断られ・・。
4日目は、寒い雪の朝6時からひざ掛けとホッカイロを持って10時まで並んだけど、入れる事はできませんでした。
町中が蛇のように給油待ちの列が出来ていました。
運よく入れる事ができた人でも満タンなんてムリムリ!少しづつとの事。
私はガソリンが手に入らなかったので自転車で遠くの店まで買出しに。
スーパーマーケットは開いていたけど食品も少なくなっていました。
がら空きの棚・・。入荷できませんという表示。
肉類、菓子類はありましたが、野菜棚には、ほうれん草しかありませんでした。
帰りは吹雪きになり自転車を押しながら雪ダルマのようになりました
だけど辛くはありませんでした。
沿岸には、津波で家を失くした人、家族を亡くした人がいます。
私は同じ岩手なのに恵まれています。ガソリンが無くても我慢できます。
津波は本当に怖いものですね。
悲しみを乗り越えて頑張ってほしいです。みんなで応援して行きましょう。前回の記事で「大丈夫ですか?」とコメントをくださった皆様、ありがとうございました。
私は元気でいます。
まだまだ地震が広範囲で続いていますから、皆さんも地震に気をつけてくださいね。
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